カテゴリ:思うこと・東日本大震災( 1 )

東日本大震災

2011年3月21日(月)雨

2011年3月11日(金)PM2:46 東日本大震災がありました。
私の住んでる栃木も震度6強の揺れでした。

私はお友達宅にいました。
最初は「あ、地震だ」くらいにしか思っていなかったら 
どんどん揺れが激しくなり、お友達宅の食器棚から「パリーン」と食器が落ちて割れる音。

お友達には赤ちゃんがいます。
少し揺れがおさまったときに、赤ちゃんの頭を守りながら、階段をおり外へ。
外へ出たら、また激しい揺れ。立っていられませんでした。

どうにか自宅に戻り、我が家を見ると、物は落ちていたけど、壊れたり割れたりした物はありませんでした。

「子供たちを迎えに行かないと」と思って
揺れが落ち着いてる合間に まずは、幼稚園にけんを向かえに行きました。

同じように、幼稚園や学校に子供を迎えに行こうと焦ってる人、
家に帰ろうと急いでる人。そんな人が運転している車が多いのに
停電で信号が消えている。 
怖かったです。

園児は園庭で一つになり、先生達が手を広げて、守ってくれていました。
泣いてる子、震えてる子…

けんを抱きしめ「大丈夫だよ」と言ったら
「僕は大丈夫。泣かない。ねぇねは?」としっかり答えました。
「今から ねぇねを迎えに行こうね。」と小学校に向かいました。

小学校は我が家から近いので 車を置いて 歩いて迎えに行きました。
一度家に車を置きにきたとき、けんが安心したのか
「怖かった。ねぇねは、ねぇねは…」と泣き出しました。

2人で泣きながら小学校へ
小学校に着くと、校庭に避難していました。
はるを見つけると、怖くて震えていました。泣いていました。
強く手を握り、皆で下校しました。

家に帰ってきてからも 揺れの激しい余震。
何度も机に子供達をもぐらせました。

3時間後くらいに どうにかパパが帰ってきました。渋滞で車が動かないから
歩いて帰ってきました。
揺れはまだありましたが、家族一緒にいられる安心感。実感。

地震発生後から停電していたので、テレビも見れず情報が入らずに不安でした。
夜になり懐中電灯の中カップラーメンを食べ、
寒くて仕方ないので、布団に入るしかなく早くに布団に入りました。

次の日の朝7時ころ やっと電気が回復しました。
停電で家の電話もつながらず、携帯は混線しててつながらない状態だったので、
埼玉の親がとっても心配していたようで、電気がつながったらすぐに電話がかかってきて
「無事なんだな。」と涙ぐむ父の声。
こんなに心配してたんだ。。。。。親の愛を実感。

携帯もつながるようになると、埼玉や東京、大阪に住む離れているお友達からの心配のメールが
沢山入ってきました。
みんなとっても心配してくれていて、ありがたくて涙がこぼれました。
友達の温かさ、大切さ、実感しました。

私の住んでいるところは すごく揺れたけど、生活が困難になるほどではなかったです。
でも、とっても怖かったです。

東北の人は、もっともっともっと怖くて、寒くて。悲しくて。。。。

私に何が出来るんだろう。何か出来るはず。と強く思います。

募金はしました。
そして日々出来ることをしよう。

不急、不要の買いだめはしない。
節電。この2つは毎日出来る。

我が家は 灯油のファンヒーターとホットカーペットで暖をとってます。
地震以来 ホットカーペットはコンセントから抜きました。
寒いです。冷えます。
節電のためでもありますが、子供達に身をもって我慢を体験してもらいたいのです。
「寒いから つけようよ」と言っていた子供達もニュースで東北の子供達が色々我慢しているのを
見て つけようと言わなくなりました。

洗濯機やテレビ 使わない時はコンセントから抜いたり、
ご飯もガスで炊くようにしました。

小さい事ですが、何かにつながると信じています。

いつも つけっぱなしにしていたPCも閉じています。
今日久しぶりに開け、地震で感じた事を忘れないように 綴りました。

地震以来まだパンを焼いていません。
パンが店頭から消え、焼こうと思ったんですが、気分も暗く
電気のことを考えると焼く気になれずにいましたが、

少しづつ、普段通りに生活していくことも 東北の方の応援にもつながるとTVから知りました。
電気を無駄使いしないよう気をつけながら、パンも焼いたり
元気だして 明るくしないとですね。

みんなでがんばる日本。
とっても素敵なこと。その一員になりたい。
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by SmilingBread | 2011-03-21 15:29 | 思うこと・東日本大震災 | Comments(2)